isseno・06 【夏】 2014-8.01
「なぁ? 【夏】で思い出す言葉、5つ言えっか?」
「あん?」
戦闘機隊たまりでうだっていると加藤がそう言い出して、山本が冷たい一瞥をくらわした。
そこで会話はストップ――周りは引いている、のはいつものことだ。
艦内のエコだとかで、今日は若干空調の温度が高めのまま抑えられている。
メカの発する熱などを冷却する装置が若干おサボり気味というわけだ。
調理関係や機材、医務室などの環境が優先されるため、人間様は後回しになる。
中でもブラックタイガーなどは、「まぁ多少の暑さくらいじゃ殺しても死ぬめぇ」
というわけでもなかろうが、暑い。おまけに、男ばっかりでむさくるしい。
女子隊員もいるはずなのだが、今日は来てないし、だいたい連中はあまりここには近寄らない。
「男臭い」のが理由だというのだが、パイロットスーツの中なんて、もっとくさいだろうと思うんだけどな、
というのが加藤の頭の中。姿が見えないとちょっぴり気になるオトシゴロでもあるのだ。
さて加藤である。隊長のくせにこういう時は空気が読めない。
「なぁ、言えよ」
山本の(うるさいな)という表情は無視する。
(おめーの言葉遊びなんぞに付き合ってたら、なんかオチとかあるんじゃねーのか)
と疑うところは、こちらも相応にコドモであろう。
「俺はぁ」と横から口をはさんだのは鶴見。
「なんだ」と加藤。
「夏といえば、浴衣(ゆかた)ですねぇ」
にへにへ、と何を思い出しているのか明白である。
「鶴見ぃ、いいかげんおねーちゃんから離れろよ」
「えぇ? 夏と言えばお祭りか花火。といえば女の子と浴衣……じゃないすかぁ」
お前まったく欲望に正直なやつだなという周りの視線をものともせず、
鶴見はにこにこと笑っている。「あぁいいなぁ、浴衣――」
ここでいう夏祭りや花火、というのは彼らの世代では小さい頃の思い出である。
実際に“女の子と浴衣で云々”は、ちびの頃か、地下都市に移ってからの疑似体験
であることは言うだけヤボであろう。
「蚊・入道雲・川・雷・鮎(あゆ)」
少し年長の隊員が腰かけていた机から振り向いてそう言った。
え、と顔を向ける加藤や鶴見。
「――入道雲、ってイメージは映像で知ってますけど、見たことないす」と同期の誰かが言えば、
「阿呆、ガキの頃に覚えてないか?」とまた別の誰かが突っ込む。
「お前らの世代だったらそうだろうな」とその隊員は言って、「入道雲ってのは、
真っ青な夏空に美しいもんだが、その中を飛ぶなんざ気違い沙汰だ。
積乱雲の一種でな、中は物凄い空気の対流が起こっていて雷すら飛んでるからな」とひとしきり。
そんな風景の中を飛んだことがある--というだけで彼らの表情には羨ましさを通り越して
憧れが浮かぶ。こういうところは皆、根っからの飛行機野郎ばかりだ。
「で、【川】とか【鮎】って何ですか。旨いんですか」
「阿呆。鮎は夏の魚だし、川は泳ぐんだよ」とその人が言い、「まぁ鮎は川魚だけどな」
そんなことも知識の外(そと)の訓練学校生え抜き組である。
「ほかにもあるぞ」と少し先輩の一人が言った。
「セミ・木漏れ日・海・スイカ・宿題」
この人も海でまだ泳いだのだろうか。
--考えてみたら、同期だが二つ年下の古代なんかも海で泳いでたというのだから、
住んでいた地域によるのかもしれないなと加藤は思う。
「宿題、ってのが先輩らしいよな」と一人が言い、
「お前だって夏休みの宿題に苦労したタイプだろうよ」ともう一人が突っ込む。
皆、8月30日になってから1か月半分の《夏休みの宿題》を前に、
必死になっていた小学生時代を頭に浮かべていた。
「そういう隊長はどうよ」
一人がそう言うと、そうだそうだ加藤も言えとわいわい。
こほん、と少し赤くなると、
「田舎・夏祭り・野球・海水浴・幽霊」
と言った。
「田舎って?」
「じっちゃんちが京都の方にあってな――ばぁちゃん一人山ん中に住んでたから、夏休みんなると行ってたんだよ」
「夏祭り--はまぁ定番か」
「まぁな。俺んちぁ下町だからよ、実家にもあったし、じっちゃんばぁちゃんちでも昔っから残ってる盛大なお祭りあったからな」
「野球と海水浴は、まぁ加藤だよな」
「--野球は得意じゃないけどな」
運動神経の塊のような男が何を、と思う部下たちである。サッカーの方が好きなのだとか。
「幽霊ってのは?」
その時、突然、部屋の電気が落ちた。バン!という音がして、ひっ、と声を出しそうになった(出したやつもいたが)のはお互い何とか理性で踏みとどまったものの――話に集中していただけに胆が冷えた。
「ど、どうしたんだっ」と誰かの声がした次の瞬間、ぱっと明かりが灯り、スイッチのところにニヤリとした山本の姿が……。破裂音は何かを叩いたかどうかしたのだろう。
「涼しくなったか?」相変わらずである。
「おまっ……」
山本だよな、とため息をつく面々。
そういう山本はどうなんだ、と皆の視線が集まったところ、
すいと涼しげな顔をしてもといた加藤の横に座る山本。--こいつは
暑いとかそういう感覚がないんだろうか、と思わないでもない。
やる気のない顔をしていたが、顔を逸らすようにして言った。
「音楽祭・パーティ・デッキチュア・氷・日傘(ひがさ)」
――音楽祭って?
「夏は結構あるだろ。気持ちいいぜ? 緑の風そよぐ中、野外コンサートとかな。戦前はけっこう世界中でやってただろ、夏はさ。だからそういう“夏祭り”だ」
――パーティってなんだよ。
「あぁ……避暑地とかだと夜になると集まってパーティとかやるだろう? それのことだよ」
と涼しげな顔をして答える山本。
お前は南部か? と突っ込みたくなったが、いったい山本はどういうヤツなのだというと誰も知らないのだった。
そうするとデッキチュアというのは、まぁ浜辺だったりプールサイドだったりするんだろうな、
と頷き合う。そこで女の子ウォッチングでもしている山本が目に浮かんだ面々。
「おい、【日傘】ってなんだよ」加藤が尋ねたが、
「それは、ナイショだ」
とうっすら笑われて、その話は打ち止めになった。
【End】2014-7.23/8.01 Up予定
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山本の《日傘》はプリティビズの一環❗️❓
山本だけ異次元にいる様な感じがして新鮮で嬉しいです…🎵
お題が《夏》だけに彼らの時空世界でもクールビズはあってしかりかと思うのですが。
山本だけ、ちょっと涼のとり方が違うような感じがします。
作中の日傘の持つ意味が色々な意味に取れてあれこれと想像してしまいます…🎵
最近では男子コーデの一つとしてUVカットアイテムとプリティコーデを一つにしたプリティビズが流行りの様ですが、男子用の《日傘》もその一つだとか。
読ませていただいた中で、山本のお相手の女性が持つ日傘とも理解されますが…もしかするとこの日傘、山本自身が所有する日傘なのでしょうか?
まっ、彼なら日傘のひとつふたつ持っていても不思議じゃないですが…
戦闘機隊たまりでうだる中、大槻たち女子隊員はきっと涼しげなんでしょうね。男たちが暑ければ暑いほど、女子の涼しげな様子が目に浮かびます。
そしてそんな航空隊の暑苦しさ…いいテンポで伝わってきます❗️
仲のいいメンバーの楽しいお話、ありがとうございました。